• 映画監督・俳優の性加害についての報道をうけて

  • 共同声明文

     

     2022年3月24日現在、映画監督・俳優の榊英雄氏による女優9人に対する性加害の告発が『週刊文春』(以下、『文春』)によって報じられています[1]。そのうち石川優実氏は、すでに2月11日にご自身のブログにおいて、ある映画監督による性被害について語っていましたが、『文春』の取材に応じ、3月16日号では実名での告発を行うとともに、ブログでは性加害と日本の映画産業の体質、二次被害について見解を述べています[2]。また、『文春』記事では、榊氏とコラボレーションを行ってきたカメラマン早坂伸氏、脚本家・港岳彦氏が実名でコメントし、ご自身のブログやツイッターでも榊氏の性加害と、謝罪文に現れた被害者軽視の姿勢を批判しています[3]。

     

     私たちは、映画をはじめとした映像メディアの研究・批評に携っています。本共同声明文では、まず、上記の性暴力の被害者の方々が経験された心身の苦痛に対してお見舞いし、彼女たちが人間としての尊厳を傷つけられたことに対する怒りを表明します。ご自身の性被害を思い出し言葉にする苦痛と、予想される二次被害に対する恐れを乗り越えて、勇気ある告発の声を上げた方々に対し、心よりの共感と賞賛、さらに感謝の念を表したいと思います。本共同声明文は、メディアやSNSを通じて本件について知った研究者・批評家として、告発を行った被害者に対してサポートと連帯の意思を表すものです。このような意思表明は、映画史を学び、過去や外国の映画産業における差別的慣行や、作品の差別表現を批判しつつも、現在の日本の映像メディア産業における性加害について沈黙してきた、あるいは無知であったことに対する深い反省の念に基づいています。

     

     『文春』による報道や当事者の証言を読むかぎり、榊氏の行為は「性的同意」の基準を満たしていません。性的行為のパートナーとなることを断ることのできない立場や状態にある者から「同意」を得ることは、そもそも不可能だからです。同意なしに行われる性的行為は、現在の刑法によって強制わいせつや強姦の罪として認められるか否かを問わず、性暴力です。私たちが共同声明文をしたためるに至ったのは、まず、このような性暴力に抗議するためであることは言うまでもありません。そして、サポートの意を表すことで、被害者に対する二次被害や軽視を防ぎたいと切に願っています。

     

     研究者・批評家である私たちが本件にとりわけ関心を寄せ、強い憂慮の念を抱いているのは、このような性暴力が監督と女優という映画・メディア産業におけるジェンダー化された権力関係に立脚して行使され、容認され、あるいは見過ごされてきたと考えるからです。

     

     監督と俳優の間の関係は、教員と学生/生徒、雇用者と被雇用者、上司と部下など、他の領域において見られる権力関係と多くの点において共通しています。しかし、映画・メディア産業に固有の幾つかの要素がからみあい、男性監督と女性俳優の間の権力関係をより強固に、あるいは複雑にし、場合によっては加害者と被害者の両者にとって性的行為の暴力性を隠蔽してきたのではないでしょうか。なお、本共同声明文では、榊氏の事件の性質と社会、とりわけ映画・メディア産業における現状に鑑み、加害者を男性、被害者を女性として論を進め、下記のような歴史的経緯を可視化して議論の俎上に載せるために、女性俳優に対してあえて「女優」という呼称を使っています。しかし、このことは男性が被害者になってこなかったことを意味しません。私たちは、現在の日本における男女の非対称な権力関係を見据えつつ、性暴力をめぐる議論を、男女を逆転させ、あるいは同性間で、もしくは多様な性的アイデンティティを包む文脈へと広げてゆくべきだと考えています。

     

     女優という職業においては、高度の才能、訓練、専門性が要求される演技という技能を核としつつも、身体的な特徴や「魅力」のような、多くの職業ではあくまで私的領域に属するものとして公的業務においては括弧にくくりうる要素が、往々にしてこの中心的技能と不可分に結びつけられてきました。そして、女優という職業は、しばしば本来の労働契約を逸脱した性的サービスの不当な要求というリスクを伴ってきました。演技が親密な身体的行為もしくはそのシミュレーションを含む場合には、そうした要求がエスカレートし、女優の人間としての尊厳が軽視される危険性が増すことは想像に難くありません。

     

     映画をはじめとした映像は、観客/視聴者の最も親密な感情や欲望に訴え、妄想や幻想を刺激し、明らかにし、創造する媒体です。そうであればこそ、なおさら、その製作プロセスには、権力関係に対する自覚が求められます。フリーランス・個人事業主が多数を占める今日の日本映画の製作現場では、とりわけ、脆弱な立場に置かれる俳優やスタッフの人間としての尊厳が守られる労働環境と、高度なガバナンスの意識が必要とされます。

     

     本共同声明文は、映像メディア業界に対し、製作現場における人権侵害を抑止し、被害が生じてしまった場合は解決と救済を行うための実効性のある仕組みを確立するよう提言するものです。私たちは、研究者・批評家として、勇気ある告発を行った被害者の方々に対するサポートと連帯の意思を重ねて表明するとともに、今後の経緯を注視し、映像メディア産業における性暴力抑止と人権尊重の取組に協力してゆく所存です。

     

    [1] 『週刊文春』電子版、2022年3月9日号、同3 月16日号、同3月23日号。

     

    [2] 石川優実「日本の映画界には地位関係性を利用した性行為の要求が当たり前にあったな、という話」、Yumi Ishikawa Official Blog, 2022年2月11日、https://ishikawayumi.jp/actress/、「榊英雄氏に関する週刊文春の報道を受けて」、同ブログ、2022年3月10日、https://ishikawayumi.jp/metoobunshun/、「榊英雄氏とのやりとりの整理と、映画「ハザードランプ」公開を受けて」、同ブログ、2022年3月20日、https://ishikawayumi.jp/metoo0320/、 (すべて最終アクセス2022年3月23日)

     

    [3] 早坂伸「榊英雄氏の報道について」陰影礼賛〜Chiaroscuro〜、2022年3月10日、https://shin1973.hatenablog.com/entry/2022/03/10/025155、「『ハザードランプ』予定通り公開の報を聞いて」同ブログ、2022年3月15日、 https://shin1973.hatenablog.com/entry/2022/03/15/230703 (ともに最終アクセス2022年3月23日)、港岳彦、Twitter posts, @minatotakehiko

  • 呼びかけ人

    相川千尋  翻訳者・編集者

    菅野優香  同志社大学教員

    木下千花  京都大学大学院教授

    鷲谷花   映画研究者

    (アイウエオ順)

  • 賛同者

     

    斉藤綾子  明治学院大学文学部芸術学科教授

    辰巳知広  京都大学大学院博士後期課程

    山田亜紀子 編集者

    石川優実​  俳優・アクティビスト

    大島史子  漫画家、翻訳者

    水野英莉  流通科学大学教授

    川上幸之介 倉敷芸術科学大学 講師

    岩川ありさ クィア批評、現代日本文学

    吉良智子  研究者

    中根若恵  南カリフォルニア大学博士後期課程

    堀あきこ  メディア研究

    畠山宗明  聖学院大学准教授

    Aaron Gerow アーロン・ジェロー  イェール大学教授

    久保豊   金沢大学教員

    清川いずみ

    岸茉利   ハーバード大学大学院博士課程

    賀々贒三  映画監督

    葭本未織  劇作家

    伊藤恵里奈 ジャーナリスト、南カリフォルニア大学客員研究員

    志村三代子 日本大学芸術学部教員

    東志保   大阪大学教員

    北村紗衣  武蔵大学准教授

    Lindsay Nelson  明治大学政治経済学部准教授

    竹田純   編集者

    京樂真帆子 滋賀県立大学教授

    三浦哲哉  青山学院大学教授

    深谷有基  編集者

    田中大介  ライター・編集者​

    アサノタカオ

    松尾亜紀子 編集者、エトセトラブックス代表

    長志珠絵  神戸大学教員

    穐山祐美子 翻訳者

    角井誠   東京都立大学准教授

    月永理絵  ライター、編集者

    堀 ひかり 東洋大学教員

    佐野明子  同志社大学教員

    河口和也  広島修道大学教員

    清水晶子  大学教員

    Diane Wei Lewis  ワシントン大学セントルイス准教授

    舩橋淳   映画作家

    Thomas Lamarre  Professor, Cinema and Media Studies, University of Chicago

    ミツヨ・ワダ・マルシアーノ  京都大学大学院文学研究科教授

    アルテイシア  作家

    小林美香  著述・講師業

    小山内園子 韓日翻訳者

    秋田祥

    高 美哿   大学教員

    松林うらら 俳優・映画プロデューサー

    長島佐恵子 中央大学教員 

    宮本裕子  映画・アニメーション研究者

    一般社団法人Japanese Film Project

    岡野八代  同志社大学大学院教員

    小川佐和子 北海道大学大学院教員

    Rebecca Jennison  Kyoto Seika University, Professor Emerita

    北原 恵  大阪大学元教員

    赤枝香奈子 筑紫女学園大学教員

    佐々木裕子 

    東京大学大学院院生 大学非常勤講師

    森千香子  大学教員

    緒方江美

    塚本陽子

    入江恵子  北九州市立大学

    橋本一径  早稲田大学文学学術院教授

    羽生有希

    桑原 桃音  流通科学大学人間社会学部准教授

    依田富子  ハーバード大学教授

    Alexander Zahlten  Professor